新たなるキャラとの出会い〜そして即興へ

表情豊かにGHPなしで即興する2人
カラダをほぐした参加者は、いよいよパフォーマンスの醍醐味である「即興」に挑戦することになる。センターを境に2チームがそれぞれ縦に向かい合う。そこから1名ずつ中央で対面し、音・リズムに合わせてお互いに身体をつかって表現の攻撃を仕掛ける。まずはGHPを被らずに対決。筋肉に組み込まれた「意識」に注意を向け、今までの動きを応用しつつ思い思いのポーズを付けていく。自分の中に観る初めてのキャラクター。他者と対面するたびに、現れる別の自分。「あれ?どこかでお会いしたことありましたっけ???」。
続いて、GHP着用で実践スタート。が、先ほどのように積極的に動けない。GHPは動きをアシストする装置ではなかったか?視界を遮ってしまうGHPは己の心の解放を促す。しかし、お互いの目線が通じ合わないため、視線による会話はできなくなる。すると、ポーズや動きという身体によるコミュニケーションが強く要求されるのだ。それはルールを自らで創造していく作業であり、ルールというメッセージを相手と分かち合う作業になっていく。
そして2人からグラインダーマンのメンバーの数である4人でやってみる。2人の場合は、己の対象は1つだが、それが3つに増えることになる。思い出して欲しい。2人で会話しているときと、4人で議論が始まってしまうとき。その違いがわかりやすいだろうか。そんなときは瞬時の感性とインスピレーションのスピードが要求される。その結果、申し合わせをしていないのに、なぜか動きの流れに4人共通の主観が生じてくる。GHPは立方体のハコであって、被るというのはその存在理由の一つでしかないと誰かが気付く。1人が脱ぎだすとほかの3人が脱ぐ、次いで4人が一斉にGHPを床に置き、なぜか4人ともいきおいよく走り出す。各自の瞬時に判断によって生じる、せめぎあう互いの自己のほとばしり、共通プリンシプル。これが即興の境地なのだ。

メンバーが参加者の動きをしっかりチェック

動きはよりスピーディに

即興でよく使われた「柱」
個々からチーム〜文章とカラダ

慎重に説明を聞く参加者
実は前日、宿題を出されていた参加者達。それぞれが800文字ほどの文章を渡されイメージの構築を促されていた。参加者は4人ずつのAとBのグループに分けられ、その文章を軸にひとつの音楽に合わせてパフォーマンスを作ることに。制限時間は1時間。それぞれのグループが輪になり、あれやこれやと思案する。グラインダーマンのパフォーマンスは「ストーリーを必要とする演劇」でも「高い身体能力を必要とするダンス」とも違う。800文字からなにかのヒントを抽出して身体表現におきかえればいい。勿論、ルールは健在。GHPは使用のこと。言葉を発する事も禁止。念のためあしからず。

方向性を思案中のグループA

グループBも真剣そのもの

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